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「友人を多くすること」と、沈黙のツケ

かつての指導者が残した、極めて洞察に満ち、権力闘争の神髄を捉えた名言がある。「政治とは、友人を多くし、敵を少なくすることである」と。

数十年が経った今、社会を観察してみると、この底流を流れるロジックは風化するどころか、権力を持つ者たちによって、極めて冷酷かつ完璧な形で実践されていることに気づくだろう。

ただ、彼らが「友人」を作る方法は、同盟を組んだり派閥を作ったりするような生ぬるいものではない。極めて直接的だ。巨額の国家予算、全方位的な国家信用、そして圧倒的な特権保障を用いて、膨大な数の人々を直接「体制」というポケットに押し込み、巨大な国家機械の歯車、すなわち「財政供養人員(公務員や国から給与を得る人々)」に変えてしまうのである。

巨大な給与プールに飼われる「鉄の同盟」

一部の学術チームの試算によると、近年の広義の「財政供養人員」(正規職員、非正規、臨時雇い、および体制内から年金を受け取る離職・退職者を含む)の総規模は、驚くべきことに 6846万人 前後に達している。国有企業や大手中央企業、さらには政府の補助金に依存する「影の職員」まで含めれば、その数字は容易に 8000万人 を突破する。

これが何を意味するのか。

大雑把に言えば、20人の一般庶民が、1人の体制内の人間を養っている 計算になる。すなわち1:20の「官民比」だ。

この巨大な8000万という集団は、単なる統計データの一行ではない。政治の底流にあるゲームにおいて、彼らは政権の最も強固な防壁である。彼らと、その後ろにいる数千万の家族の社会的地位、優雅な暮らし、そして明日の食卓に並ぶ肉は、100%この巨大な国家機械の安定的かつ超法規的な稼働に紐付いている。

国家がどれほど議論を呼ぶ政策を強行しようとも、どれほど横暴な権力行使に及ぼうとも、この8000万人の既得権益層――権力を握る局長から、末端の地域コミュニティ監視員、城管(都市管理局員)、協警(補助警察)、そして手厚い年金を受け取る引退幹部に至るまで――は、本能的に、実にして極めて自発的にシステムの絶対的権威を守り抜く。なぜなら、システムを守ることこそが、自分たちの「鉄飯碗(終身雇用)」を守る唯一の手段だからだ。

彼らこそが、権力者が納税者の血と汗で一口ずつ餌を与えて飼い慣らした、裏切ることのない「鉄の友人」なのである。

25倍という絶望的な格差

この「友人」たちを十分に満足させ、いざという時に命がけで体制を守らせるために、権力による資源の分配は、息が詰まるほどの偏愛を見せる。その温度差が最も剥き出しで、最も痛烈に表れているのが、年金(養老金)の設計だ。

公式の試算データから、2つの現実を対比してみよう。

1つ目は、体制内の「友人たち」だ。役所や公的機関の退職者が受け取る年金は、平均して 月額6,000元〜6,200元(約12万〜13万円)。さらに、手厚い企業年金や、自己負担がほぼゼロになる公費医療制度がセットになっている。

2つ目は、沈黙する「部外者たち」である。中国の人口の圧倒的多数を占める農村の高齢者や農民が受け取る城乡住民年金の最低保障額は、2024年にようやく 月額123元 に引き上げられたばかりだ。地方のわずかな補助金や、スズメの涙ほどの個人口座の積立を合わせても、全国平均の受給額は 月額240元(約5,000円) 程度に過ぎない。

月額6,200元と240元。実にして25倍という絶望的な格差である。

これほど荒唐無稽な格差がなぜ生まれるのか。財政にお金がないのだろうか。 財政から拠出される「1人あたりの年金補助金」を見れば、そのカラクリはさらに皮肉なものとなる。公式データによると、国家財政が体制内の退職者1人に支払う年金補助金は 月平均2,265元 に上る。一方で、最も底辺にいる農民1人に対する補助金は、わずか 月平均183元 である。実に12倍の財政格差がここにある。

かつての集団化時代に一生公糧(国家への上納穀物)を納め、ベルトを締め直して国の工業化の基礎を築いた何億人もの農民は、老いた後、食料油2缶すら買えない年金しか受け取れない。一方で、役所のオフィスで茶を飲み、書類に判を押し、実質的な生産価値を何も生み出さなかった公務員は、一般農民の25倍の豊潤な年金を受け取り、優雅に老後を過ごしている。

これが25倍の年金鴻溝という分赃の構図であるならば、医療保障における特権はより直接的に生死に関わる。

一般庶民が 27.3% という高額な衛生総費用の個人自己負担割合や、保険適用外の様々な自費薬のために「一病にして破産する」即死ラインに直面している一方で、体制内の中高級官僚や離職した幹部たちは、ほぼ 100% 報銷(全額補填)される公費医療と、専属の豪華極まる「高幹(幹部)病棟」を享受している。

これらのコストを度外視した特別病棟では、最高峰の医療専門家、最新の輸入設備、そして極めて希少な ICU リソースが、すでに意識を失い、単に呼吸を維持しているだけの特権高齢幹部の延命のために常時投入されている。1日あたりの看病費用は数万元に上ることもあるが、そのすべては、月収わずか数百元で医療費すら払えない一般の納税者が全額負担している。権力を握る者たちが病気に直面したとき、そこには微塵の心配もない。なぜなら彼らの防壁は、無数の一般庶民の生存権を溶かして作られているからだ。

沈黙という名の底なし沼と、肥大化するツケ

この不条理なゲームが日々回り続けているのは、権力が「友人」を繋ぎ止めているからだけではない。体制の外にいる多くの一般市民が、すでに「沈黙すること」に慣れきってしまっているからだ。

「刃が自分の首元に届かない限り、自分がなんとか食べていける限り、どれほど不条理な略奪や不当な特権を目にしても、目をつぶって見ないふりをする」という、極めて危険なシニシズムが社会に蔓延している。

しかし、歴史が証明している通り、普通の人々が我が身を守るために沈黙を選択するとき、彼らは自分の肉を用いて、その傍若無人な支配者を太らせ、増長させているのである。

農民の年金が低く、高幹病棟が贅沢を極めているのが自分とは無関係だと思うかもしれない。しかしその結果、あなたの社会保険料の支払基準額は年々暴増し、将来受け取る年金はインフレで目減りするリスクにさらされている。体制内人員の爆発的な増加が自分と無関係だと思うかもしれない。しかしその結果、政府は8000万の口を養うために、ありとあらゆる口実で税金をむしり取り、消防検査を乱発し、巨額の罰金を科すようになり、最終的には倒産の嵐がすべての一般民間企業やサラリーマンの玄関先まで押し寄せることになる。

社会の一般庶民がわずかな日銭を稼ぐために奔走し、特権を前にして「口を閉ざす傍観者」になることを選ぶとき、あなたは実のところ、権力があなたのリソースを自由に支配することを黙認しているのだ。

政治のゲームは今も続いている。この巨大な分捕り合戦の宴の中で、十分に餌を与えられた「友人たち」はテーブルの上で祝杯を挙げ、沈黙に慣れきった一般庶民は、その支払いを命じられる「カモ」として、テーブルの下で容赦なく喰い荒らされている。

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